今までに何回も引越を繰り返してきました。
独身の時もそうでしたし、結婚してからもです。
転勤に伴って色々な部屋に住みました。
しかし、いずれは自分の家を建ててそこに永住したいという考えは持っていました。

ですから引っ越すたびに買い揃えたのは安いじゅうたんです。
引越し先によって部屋の間取りが違ったのでじゅうたんを買い替える必要があったのですが、いずれは自分の家に住んだ時に高価な良いじゅうたんを買おう、その時までは安いじゅうたんで我慢しておこうという考えでした。
そしていよいよ36才の時に自分の家を持つことが出来ました。
それまで住んでいたアパートから自分の家に引っ越す時にはそれまで使っていたじゅうたんを処分することにしました。
どうせ安いじゅうたんでしたから惜しくはありませんでした。
ただ、そのじゅうたんは価格以外に特別な意味を持ったじゅうたんでした。

私には娘がひとりいるのですが、娘はそのアパートで生まれ、6才までそのじゅうたんの上で育ったのです。
ハイハイを初めてしたのも、初めて立ち上がって歩いたのもそのじゅうたんの上でした。
値段は安いけれども、私たち夫婦にとってはそのじゅうたんには特別の思い入れがありました。
ただ処分してしまうのは忍びない気持ちでした。
そこで引越しの日に、私たちは娘と一緒に娘の持っていたクレヨンで思いっきりそのじゅうたんの上に落書きをしたのです。
娘は覚えたばかりのひらかなで大きく自分の名前と私たちの似顔絵を描き、私は大きくなっていく娘に対するメッセージを書きました。
それまで【じゅうたんを汚してはいけない】と常々娘に言い聞かせていた私たちが思いっきりじゅうたんに落書きをしているのを見て娘は大笑いをしていました。

そして落書き大会が終わった後、私たちはそのじゅうたんの写真を撮り、じゅうたんを処分しました。
新居には持っていきませんでした。新居には新居用の立派なじゅうたんをすでに敷いていましたので。
その時に撮ったじゅうたんの写真は今でも大切に残しています。
たかだたじゅうたんですが、人はその上で暮らし生活をしていくのです。
じゅうたんはそこで暮らす人々の生活をしっかり見守ってくれているような気がします。
新居に越してきた時には6才だった娘も、もう今では成人しました。
現在の我が家のじゅうたんは、6才の時の娘の小さな足も、成人して大きくなった足も、ずっと見守ってきてくれたんですね。
そう考えるとじゅうたんというのは家族の一員のような気がします。

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